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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)709号 判決

原告 大鶴キミ 外三名

被告 真名子時雄 外二名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告ら 「被告らは連帯して、原告大鶴キミに対し金二一九万六、一〇〇円、同大鶴セツ子に対し金八万〇、二〇〇円、同大鶴恵美子に対し金一一万九、八〇〇円、同大鶴修一に対し金二七万二、七〇〇円およびこれらに対する昭和四二年七月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言を求める。

二、被告ら 主文と同旨の判決および敗訴の場合仮執行免脱の宣言を求める。

(請求原因)

一、原告らはいずれも原告大鶴キミ所有の別紙目録〈省略〉記載の建物(以下本件建物という)に居住していたものであるが、昭和四二年七月二二日訴外真名子豊(当時八年)、同真名子民夫(当時八年)、同楠本寿紀(当時六年)の三名は右原告ら方建物付近で花火遊びをしているうち、原告方納屋内に積んであつた麦わらに放火して遊び興じようと企て、右三名共謀のうえ同日午後、二時ごろ持つていたマツチで右納屋内の麦わらに火を放つて右建物に延焼させ、同建物と家財道具を全焼させた。

二、右訴外人ら三名はいずれも未成年者であつて、その行為の責任を弁識するに足る知能を具えないものであるが、被告真名子時雄は前記訴外豊の実父であり、被告真名子守は前記訴外民夫の実父であり、被告楠本百合男は前記訴外寿紀の実父であり、いずれもそれぞれの実子を扶養し、その保護監督の任にある者であるが、右子供らにマツチ遊びを許していること、子供が自由にマツチを持ち出せるなどマツチの保管について管理不十分であること、マツチの取扱についての日常の訓育に欠陥があつたことなど右子供らに対する保護監督上の過失があり、そのため本件火災が発生したものであるから、被告らは右火災によつて原告らが受けた損害を賠償すべき義務がある。

三、原告らは右火災によつて次の損害を受けた。

(一)  原告キミ

(1)  建物焼失による損害 一八八万〇、六〇〇円

本件建物は建築後六〇年余を経過するが、素材は良質の大木材を使用してあつてまだ数十年の使用に耐えうるもので、居宅、炊事部分坪あたり六万円、納屋居宅北側トタン葺部分坪あたり三万円、通路部分坪あたり一万円が相当であり、その合計は一八八万〇、六〇〇円となる。

(2)  納屋賃借料 一一万一、〇〇〇円

自己の居宅および納屋を全焼し、農業用機具、穀物等を保管する場所を失つたので、訴外尾崎義仁所有の納屋の一部を月額三、〇〇〇円の賃料で借り受け昭和四二年一二月から昭和四五年一二月までの賃料合計一一万一、〇〇〇円の損害を受けた。

(3)  有体動産(家財道具)焼失による損害 二〇万四、五〇〇円

(二)  原告セツ子

有体動産(衣類等)焼失による損害 八万〇、二〇〇円

(三)  原告恵美子

有体動産(衣類等)焼失による損害 一一万九、八〇〇円

(四)  原告修一

有体動産(衣類等)焼失による損害 二七万二、七〇〇円

四、よつて被告らに対し各自右損害金およびこれに対する本件火災発生の日の翌日である昭和四二年七月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する被告らの答弁および主張)

一、請求原因第一項中、原告らが原告キミ所有の本件建物に居住していたこと、昭和四二年七月二二日訴外真名子豊、同真名子民夫、同楠本寿紀の三名が花火遊びをしていたこと、その後本件納屋から出火し右建物が焼失したことは認めるがその余の事実は否認する。同第二項中右訴外人三名が未成年者であり、その行為の責任を弁識するに足る知能を具えないものであること、右訴外人らと被告らとの間に原告主張の身分関係があること、被告らが右訴外人らに対し監督義務を有することは認めるが、被告人らの過失の事実は否認する。同第三項の事実は不知、その損害額は争う。

二、かりに、被告らに損害賠償責任があるとしても原告キミは本件火災の見舞金として現金一八万五、〇〇〇円および八万二、二〇一円相当の建物の受贈を受けているから、これを原告主張の損害額から控除すべきである。

(被告らの主張に対する原告らの答弁)

一、原告キミが本件火災の見舞金として現金一八万五、〇〇〇円を受領したことは認めるが、そのうち約五万円は損害のてん補にあてたものではなく、必需品の購入、見舞客の接待、返礼等に費消し、残金は本件火災によつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料として受領しているから、前記賠償額から控除すべきではない。また建物の贈与を受けたことは否認する。

(証拠)〈省略〉

理由

一  次の事実は当事者間に争いがない。

原告らが原告キミ所有の本件建物に居住していたこと、昭和四二年七月二二日訴外真名子民夫、同真名子豊、同楠本寿紀の三名が花火遊びをしていたが、その後本件納屋から出火して本件建物が焼失したこと、被告らはいずれも右訴外人らの父親で、同訴外人らに対し監督義務を有するものであること。

二  本件火災の原因について。原告らは、本件火災は前記訴外人三名の共謀による放火によるものであると主張するが、成立に争いのない甲第二、三、四号証および証人真名子豊、同真名子民夫、同楠本寿紀、被告本人三名の各供述によれば、本件火災の原因は訴外民夫がマツチをすつて遊んでいるうちその火が本件建物の納屋に積んであつた麦わらに燃え移つたことによるものであること(他にこの認定を動かすに足る証拠はない)、その際訴外楠本寿紀は右民夫のすぐ近くにいて、訴外真名子豊は少し離れたところにいたことなどの事実が認められ、証人真名子ツギ、同尾崎義仁の各証言中右訴外人三名が共謀して放火したものであるとの供述部分はいずれも前掲各証拠に照らして措信しがたく、他に右三名が共謀したことを認定するに足る証拠はない。したがつて、訴外豊および同寿紀の行為は本件火災とは因果関係はないといわざるをえず、被告真名子時雄、同楠本百合男は本件火災によつて生じた損害を賠償すべき責任はないことになる。

三  被告真名子守の責任について。右認定のとおり訴外民夫の行為により本件火災が発生したものであるが、同訴外人が当時その行為の責任を弁識するに足る知能を有しなかつたことについて当事者間に争いがないから同訴外人は民法七一二条により損害賠償責任を負わない。

そこで被告真名子守の民法七一四条の責任について検討する。まず、

失火の責任に関する法律(以下失火責任法という)が火災の場合の責任を故意または重過失のある場合に制限していることとの関係が問題となる。もし民法七一四条の適用がある場合に失火責任法の適用が排除されるものとすれば、失火者本人が責任を負う場合と失火者が責任無能力であるため法定の監督義務者が責任を負う場合とで責任の軽重に大きな差が生ずることになるが、失火責任法が(1) 過失につき宥恕すべき事情のあることが多いこと、(2) わが国の住宅事情から意外に損害を拡大させる危険性のあること、(3) わが国古来の慣習として失火者に損害賠償責任を負わせない慣習があること等を理由として立法されていること、および民法七一四条の趣旨からみても、民法七一四条の場合にとくに失火責任法の適用を排除してまで重大な責任を負担さすべき特別の理出はないと考えられる。しかし、失火責任法を適用するとしても失火者本人は責任無能力であるから、この者について過失の軽重を論ずることはできないので、同法の趣旨から監督義務者が重大な監督上の義務過怠のないことを立証したときは右の責任を免れるものと解するのが相当である。

ところで、成立に争いのない甲第二号証、証人真名子民夫、同真名子豊、被告本人真名子守の各供述によれば、訴外民夫は同日午後一時ごろ母親から一〇円をもらつて2B弾またはクラツカーと称する花火を買い、自宅の整理タンスの中に置いてあつた新しい宣伝用マツチを持ち出して、訴外豊、同寿紀らとともに右花火を上げて遊んだのち、マツチで火遊をしていた際に本件火災を惹起したこと、被告守は当時は電気工事の仕事のため妻と二男の民夫を含む三人の子供を家に残して外出していたこと、訴外民夫はふだんからもときどき前記2B弾という花火を使つて遊んでいたが、同訴外人に対してはいつも危くないように川原であげて遊ぶように注意していたし、マツチの取扱についても家の中で使用することについてはもちろん、外に持ち出すことのないよう注意していたなどの事情が認められ、右事情からすれば、ふだん訴外民夫に対して花火遊びおよびマツチの使用等につき果して監督が十分であつたかどうか、マツチの保管場所も適当(子供が無断で持ち出せないように)であつたかどうかなどにつき、まつたく過失がなかつたとはいいきれないものがあるが、被告守の訴外民夫に対する監督について少くとも重大な過失はなかつたものと認めるのが相当であり、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

四  以上の理由から、結局被告らはいずれも本件火災から生じた損害を賠償すべき責任はないことに帰し、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綱脇和久)

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